2009年11月13日

大阪・蛍池で元気を貰い「なんば」で昼食

 鳥取県で取材を終えたのだが、昨日の夜、鳥取で宿が見つからない。仕方ないので、レンタカーで大阪まで帰ることにして、夕方6時少し前に、取材先の鳥取県八頭郡を出発した。レンタカーの大阪空港営業所は午後9時が閉店。それまでには充分間に合う筈だったが、思わない高速道路の工事で一車線に規制されていて、大渋滞に巻き込まれた。

 伊丹まで後15キロという所で、ノロノロ運転が続く。一応、レンタカーの営業所には電話をしておいたが、かなり遅くなる可能性もあったので、時間に間に合わなかったら閉めて構わないと伝えた。

 ところが、間もなくスムースに走り始めて、営業所についたのは午後9時15分過ぎだった。もちろん、営業所はもう誰も居ない。さて、困った。知らない街で車でウロウロしても埒が明かない。どこかに車を置いて、泊まれる宿を探さなければ。空港前に一軒ホテルの看板があった。電話したが「満室」と冷たい返事。

 思案していると、レンタカー屋のある敷地が大型バスの夜の駐車場になっていて、次々と帰ってくるバスの誘導をしている若者が居た。彼に、「ここらで泊まれる宿はないだろうか」と聞くと、「歩いて10分余りの所だけど、蛍池駅の近くに宿屋があったはずだ」と言う。

 それにしても借りているレンタカーが問題だ。途方に暮れている私の姿を見て、「道路の反対側にレンタカー屋の駐車場があるから、そこに車を入れて行ったら良いですよ」とアドバイス。グッドアイデアだ。無断で駐車場に車を停めた。念のために翌朝この車が邪魔にならないように、端っこに停めた。

 もう、夜は10時近くなっている。頼るのは、彼の言葉しかない。
 小雨が降る中、蛍池の方へ歩いた。途中で、ラーメンと餃子を食べた。
 少し惨めになってきた。

 言われた辺りを探すが宿屋は見つからない。阪急電車で梅田辺りまで出れば、宿は何とかなるだろうとは思ったが、又、明日の朝、レンタカー屋に帰って来なければならない。何しろ、まだレンタカーを返してはいないのだから。

 蛍池駅前に交番があった。お巡りさんが二人、暇そうにしていた。
 「ここら辺で宿屋があると聞いたのですが」と尋ねると、「ああ、ビジネスホテルが次の信号の所にありますよ。確かフロントが4階だったから分かりづらいかも知れないけど」と、親切に教えてくれた。

 よし、勇気百倍。小雨も止みつつある中、歩いた。
 あったあった。ビジネスホテル井筒。エレベーターで4階に行く。
 「予約なしですが、部屋空いてますか」「はい、空いてますよ。風呂は要りますか?」と愛想が良い。「風呂には、はいりますよ」「いや、中に風呂がある部屋は、ダブルを一人で使って6500円。共同の風呂で良ければ、シングルで4000円。どちらにしますか。共同の風呂も良いですよ。充分ですよ」と、シングルを勧めてくれる。
 「じゃシングルで。朝食はありますか?」と問えば、「300円です」「え!300円」。ま、安いにこしたことはない。

 翌朝、3階の「モーニングルーム」と書いた紙が貼ってある事務室みたいな部屋(多少飾りはしてあった)に入ると、すでに先客が7人。テレビを見ながら、賑やかにトーストと少しのフルーツ、ゆで卵、ヨーグルト、コーヒーの朝食を取っている。何やらアットホームな雰囲気だ。

 世話係の婦人が、なかなか良い。私の顔を見るなり、「ヨーグルト食べる?」と聞くので、戸惑っていると、「あなたよ、お客さんよ」と、私の方を顎でしゃくる。「ええ、食べます」と、おどおど答える。「それなら、これ」と、市販のフルーツヨーグルトのパックを出してくれた。
 私の隣で食べていたちょっと化粧のきつい婦人に、「あんた、今日は病院へ行くの」と聞いている。どうも知り合いのようだ。

 たいがいのホテルの朝食というのは、大勢が一緒に食べながら、どこかでよそよそしい風が吹いていて、あまり好きな雰囲気ではないのだが、この「ビジネスホテル井筒」は、いい。かなり気に入った。共同風呂もそれなりに大きな浴槽があって、清潔感もあってよかった。
 夕べは、どうなるかと思って、惨めな気持ちでチェックインしたが、一晩で意気揚々だ。

 さて、朝食を済ませて、歩いてレンタカー屋へ行き、駐車場に無断で車を停めたことを謝って、無事に返すことができた。

 しかし、宮崎へ帰る飛行機は、取材の余裕を見て午後3時を早割で予約してある。
 それでも、朝のうちに帰られるならばメリットがあると思って空港へ行った。
 全便満席。どうしようもない。午前9時から午後3時まで、大阪で過ごさなければならなくなった。大阪の空気を吸うためにリムジンバスで「なんば」へ向かった。

 話が長くなるので、ここらで終わることにしよう。
HP 名物カレー 091113 .jpg
 昼ご飯を食べたのは、その名も「名物カレー」。
 メニューにそう書いてある。自分で名物と言うのもちょっと変だが、そこは大阪。ここの女将さんの采配がテキパキとして、なかなか良かった。(写真がブレていて、すみません)

HP 名物カレー女将さん 091113.jpg
 この「自由軒」は、明治43年に創業ということだ。この女将さんは4代目らしい。
 新しく入ってきた客が座る席の指示から、厨房から出来てきた注文の品を、どの客に運ぶのかという指示まで、店全体に目配りして采配している。もちろん会計も彼女がしている。
 給仕をしてくれる女性たちは、皆、私よりは年かさがいっていると見えた。
 気が利くし、一所懸命だ。

 ちなみに、私が座った席は「中西の3」と呼ばれる席でした。その意味は、行けば分かるから・・・。

 なかなか、大阪は、奥が深いと勉強しました。女性の元気が良いという印象。

 写真は、iPhoneでの撮影です。
 

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2009年11月11日

教えられた贈り物

 すでに、何度も、くどいように報告したが、今年10月には62歳の誕生日を迎えた。
 その際、予期しなかった贈り物を届けてもらっていたのだが、改めて、ここにお知らせして、贈り物とは何かを考察したい。

 その一つ、娘夫婦から届いた有名なメーカー(と友人が教えてくれた)の手帳。
 確かに、気品のある手帳だ。私には、もったいないような気もするが、娘の連れ合いが時間を掛けて、私の仕事や趣向をイメージしながら選んでくれたのだという。
 贈り物をする相手のことを想い、財布の中と相談しながら品物を選んでいる彼の姿が伝わってくる。大切に使いたいと思わずにはおられない。
 
HP 贈り物 高夫・晴手帳 .jpg

 もう一つは、私の古くからの友人。
 CDがどっさり。GLENN GOULDのCDが2枚組を合わせて4枚。Bill Evans TRIOの連日コンサートのライブ盤8枚組。
 いやーぁ、これも感激。私の好みを考えてくれた結果のミュージシャンであることがひしひしと伝わった。

HP 贈り物 暁子CDセット .jpg


 贈り物をする際の心遣いを、娘夫妻と友人の贈り物から学んだ。
 ありがとう。

 もう一つ、カミさんからも、もちろん素敵なプレゼントがありましたが、その中身は内緒。

 さあて、今から、鳥取へ取材に出かけます。
 いやはや、清々しい朝だ。

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2009年11月06日

異才の家具職人 寺坂正義の家具展が開催中

 我が友、異才の家具職人 寺坂正義さんが個展を開いている。

「ん 家具」展 

期間:09年11月2日(月)〜8日(日) 10:00〜18:00
会場:カフェギャラリー ウィンド・ファーム
   宮崎市阿波岐原町前浜4276-519
   TEL. 0985-60-3381


 「能ある鷹は爪を隠す」とは、慎ましやかな人柄を指す言葉としても使うが、寺坂さんの場合は、秘めたる技術を前面に押し出さず、裏で細かい細工をして家具の細部に気品を持たせているところに、この言葉が当てはまると感じた。

 多少変わり者として、世間では知られているが、実は、世相の分析をさせれば、そこら辺の評論家は足元にも及ばない。また、語学力は、宮崎弁は言うに及ばず、日本語、韓国語、ロシア語、スペイン語など、世界を股に掛けて旅をした実績からも、その実力は証明されると言うものだ。

 もう一つ、寺坂さんの実力は、サッカーに表れている。彼の頭の中は、一日23時間30分は、サッカーのことで満たされている。残りの30分は、もちろん家具だ。
 わずか、一日30分の思考で、これだけの家具を作れる職人は、日本広しと言えども他に見当たらない。

 口上が長くなってしまいましたが、とくとご覧あれ。
 さあーて、お立ち会い!!

 「ん 家具」展の始まり、始まり。
 (だいたい、自分の個展にこんなタイトルを付ける職人が、他に居るや・・・)

HP 寺坂家具展−5 .jpg


HP 寺坂家具展−6 .jpg


HP 寺坂家具展−9 .jpg


HP 寺坂家具展−8 .jpg


HP 寺坂家具展−1.jpg


 日程は、迫っている。
 売り切れないうちに、さあ、急いで、急いで!!!

 撮影は、iphone



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2009年11月04日

感涙の誕生会

 無事に第10回「ドキュメンタリーフォトフェスティバル宮崎」が終わり、その間手を付けられなかった原稿に追われている。
 そんな数日前、「遅まきながら」と若い女性たちが大挙して押し寄せてくれて、「ドキュメンタリーフォトフェスティバル宮崎」の期間中に過ぎてしまった誕生会を開いてくれた。
 予期しない若い女性たちの心遣いに、感涙。

 ケーキとロウソクを準備して、COFFEEまで淹れてくれた二人

HP 誕生会−2.jpg


 涙涙の記念写真

HP 誕生会−1.jpg

 これで、つつがなく62歳となりました。
 それにしても、信じられない。
 何がと聞かれても、ただ、信じられないのだ。

 茫漠たる虚無と茫漠たる充実。

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2009年10月18日

第10回「ドキュメンタリーフォトフェスティバル宮崎」が始まる

 かねてよりご案内をしていました第10回「ドキュメンタリーフォトフェスティバル宮崎」が、いよいよ昨日から始まりました。

 オープンしたばかりのみやざきアートセンターの5階ギャラリーで、本橋成一さんの写真展「ナジェージダ(希望)」とバングラデシュから来ていただいたコビール・ホセインさんの写真展「River&Life」が、11月1日(日)まで開催されています。(火曜日休館)

 昨夜は、「写真と音楽 対話のステージ」が開催され、日向ぼっこの演奏と写真展で展示している作品のスライド上映。本橋成一さんのチェリノブイリやベラルーシの人々の暮らしぶりなどの話をお聞きしました。

 第10回「ドキュメンタリーフォトフェスティバル宮崎」初日の様子を写真で紹介します。

写真展「ナジェージダ(希望)」の会場
HP-1 .jpg

コビール・ホセインさんと写真展「River&Life」の会場
HP-2 .jpg

受付を一手に引き受けてくれている若手美女群
HP-3 .jpg

「写真と音楽 対話のステージ」で話しをする本橋成一さん
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2009年09月27日

ムクドリ

 事務所の駐車場から見える光景だ。
 電線にムクドリが規則正しく止まっている。
 そもそもこの鳥は、市内中心部の街路樹に群がり、夕暮れ時に、かなり大きな群れで、激しく鳴きながら飛び交い、街路樹の下は糞で真っ白に汚されていた。その対策に、商店街は頭を悩ましていたのだ。
 この群れの様子を見ると、最近は、小さな群れに別れているののかも知れない。

電線のムクドリ .jpg

 ムクドリが街の中で群れをなすのは、自然の中で暮らしにくくなったからなのだろうか。そもそもムクドリは、街中つまり人間の近くに生きる鳥なのだろうか。
 この写真は、iPhoneで撮影。

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2009年09月05日

第10回「ドキュメンタリーフォトフェスティバル宮崎」

 いよいよ、噂のフォトフェスティバルが、今年も宮崎で開催される。
 今回で、第10回を迎える「ドキュメンタリーフォトフェスティバル宮崎」だ。

 会期は、2009年10月17日(土)〜11月1日(日)
 会場は、みやざきアートセンター(TEL.0985-22-3115・宮崎市橘通西3丁目)

 招待写真家は、写真界に穏やかな風を吹き込み、堅調な人気を誇る本橋成一さん。
 今回の展示作品は、「ナジェージダ(希望)」 本橋成一さんの仕事を代表する「チェルノブイリ3部作」の総集編である。

HP ドキュフォトチラシ 1 .jpg

 もう一人の招待写真家は、バングラデシュの若手写真家コビール・ホセインさん。展示作品は、「River&Life」 バングラデシュの川に生きる人々。

HP ドキュフォトチラシ 2 .jpg

 写真展初日の10月17日(土)午後7時30分からは、写真展と同じ会場、みやざきアートセンター4階多目的ホールで、「写真と音楽・対話のステージ」が開催される。

 出演は、もちろん本橋成一さんとコビール・ホセインさん。それに、音楽グループ「日向ぼっこ」(米良奈甫子さんと塩屋龍也さん)が、写真と音楽のコラボを繰り広げる。
 本橋さんには、チェルノブイリを取材されていた時のエピソードやベラルーシの人々について、1時間ほどお話しをしていただく。

 イベント(1)として、宮崎在住の写真家小林順一さんのワークショップ「宮崎の街を再発見しよう」が、10月25日(日)に開催される。
 イベント(2)は、宮崎県高等学校総合文化祭写真部門優秀作品展を開催。
 イベント(3)は、永友啓一郎の写真記録「ドキュメンタリーフォトフェスティバル宮崎 10年の歩み」を開催。

 写真展入場料は、500円(高校生以下無料)
 写真と音楽 対話のステージ 入場料は、1200円(高校生以下無料)
 小林順一ワークショップの参加費は、500円

さらに詳しい情報は、このブログ右上の小さなバーナーをクリックして、Akutagawa-Jin 公式サイトのnewsをご覧下さい。


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2009年09月03日

ロバートフランク "The Americans,81 Contact Sheets"


ロバートフランクさんの "The Americans,81 Contact Sheets" NO.36 が今朝届いた。

 HP ロバートフランク コンタクト.jpg

 桐箱に入っている。コンタクトシートは、51.4×41.9cm の大きさでシートに印刷されているので、一枚一枚のカットを見ることも可能な大きさだ。ロバートフランクさんが、撮影の現場でどのように動いていたのか、コンタクトシートを見ながら想像する。
 想像していたよりも、身のこなしが早いようだ。

 赤いマーカーの付いたカットを見ながら、何故このカットを選んだのか。?マークの付いたカットは、どんな迷いだったのか。彼の思考の推移を想像してみる。コンタクトシートの角が擦れていたり、折れていたりするのも、ロバートフランクさんの手の歴史を見るようで、感激だ。

 全81枚のシートは、帯封で束ねられている。
 手袋をして、NO.1から順に見始めたが、14,5枚で疲れてしまった。
 時間があるときに、一日がかりで見ることにしよう。
 今日のところは、これでお仕舞い。

 ん、ロバートフランク "The Americans,81 Contact Sheets" の値段!!
 言わぬが花と言うものでしょう。
 清水の舞台から飛び降りました。瀕死の重傷です。

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2009年08月30日

続・四万十川中流域


 さて、片道8時間ほど掛かったが、歩いたのは100歩足らずで、四万十川中流域に到着した。四万十川は、今年の梅雨の豪雨で、川底にこびり付いていた泥や川原を覆っていた草が洗い流されたということで、近年にない清流を取り戻していた。

 私の取材は、四万十川で古くから行われている火振り漁が目的。
 しかし、その取材の内容は、掲載誌が発行される前にここでお披露目することはできないので、私が取材をした川漁師(と言っても、川漁師だけでは食べていけないので、本職は林業となる)土居明さんの父、重利さん91歳を紹介しよう。

四万十川−2 .jpg

 四万十川中流域で漁師が使う川舟を200隻は造ったと言っていた。
 もちろん、数年前までは、ご自分も現役の川漁師。現在は、事故があるといけないというので、舟には乗らないとのことだ。
 話によると、酒豪らしいのだが、写真を撮らせてもらったのは朝なので、手にしているのはお茶。
 後ろで、明さんの奥さんが電話中。
 カメラを向けた時の、重利さんの構えが良かった。写真を撮られる時には、こうありたいと思うが、なかなかできない。「無私」になると言うのかな。

 取材は、天候にも恵まれ、上手く行った。上手く行ったと思う。
 まだ、プリントもしていないし、原稿にも手をついていないので、はっきりは言えないけど。
 それにしても、取材途中で、見上げた夜空に流れる天の川のボリュームに驚いた。砂を散りばめたような無数の星が大きな流れを作り、その無数の星の中に、習い覚えた記憶のある夏の星座が、大きく輝いている。

 帰りも、又、8時間の車一人旅。
 八幡浜から乗ったフェリーの窓から見える港を取り囲む山々とその裾野に貼り付くような町並み。空に浮かんだくっきりとした雲。
 夏が終わろうとしているのを、感じた。

四万十川−4 .jpg



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2009年08月29日

四万十川中流域


 宮崎を根城に仕事をしているが、普段は特に不便と感じることはない。
 北海道だろうが、沖縄だろうが、ましてや海外だろうが、普段の生活快適さを考慮すると、宮崎に生活しながら各地に取材に出かけることは、まったく不便さを感じていなかった。
 しかし、今度ばかりは、少々参った。
 高知県四万十町の取材だ。そう、あの有名な四万十川中流域の漁師の取材。
 宮崎から四万十町へ行くには、公共の交通機関を使うことを考えると、宮崎空港から伊丹空港へ飛んで、ここで乗り換えて高知空港へ飛ぶ。それからレンタカーを借りて四万十町へ行く方法しかないようだ。以前の取材の際には、確かに、そのルートで高知へ行った。
 考えてみると、バカなルートだ。意味のない時間とお金が出ていく。
 ここは一番、一気に宮崎から車で四万十町へ行くしかないと決めて、愛車を駆った。
 朝、9時。宮崎の事務所をスタート。11時40分臼杵港発八幡浜行きフェリーに滑り込みで間に合った。午後2時に八幡浜港に到着。フェリーの中では、カミさんの作ってくれた愛妻弁当を食べて、ちょっと仮眠。読みかけの「沖縄 誰にも書かれたくなかった戦後史」佐野眞一著を読みふけった。
 頭の中は、沖縄が充満しているまま、一路、四国路を四万十町へ。予約していた旅館に着いたのは、午後5時前だ。
 この間、万歩計があったら計ってみたかったが、おそらくフェリーの中で車から客室まで歩いた往復100歩も無いだろう。

 四万十川中流域は、清流だった。
四万十川−1 .jpg

この続きは、後ほど。

 
posted by jin at 19:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする