そこで、皆既とは言えないが、96.4%の日食が見られるという串間市都井岬へ事務所ツアーで行く計画を立てていた。カミさんは、前夜、夜中まで弁当造りに勤しんでいた。
さて、集合時間の午前6時、どしゃ降りの雨だ。その雨の中、事務所へとりあえず参加者が集合したが、意気が上がらず、日食ツアーの中止を宣言。事務所は、臨時休みとした。
私は、アパートに帰って、ウトウトと二度寝に入る。
9時半ごろ目を覚ませて、外を見ると、まだどんよりとした曇り空だ。「やはり今日はダメだったな」と、一人納得して、パンツ一枚の姿のままで、テレビのスイッチを入れた。ちょうど、屋久島や悪石島からの中継をやっていたが、やはり雨、それもかなりの風雨のようだ。船からの観測ツアーや小笠原諸島の硫黄島からの中継もあって、こちらは皆既日食が観察できそうなことを言っている。
ふと、アパートの外を見ると、今にも大雨になりそうな雲行きで、ベランダから見える街の景色が夕暮れのようだ。時間は、10時55分頃。
ひょっとしたら、これが日食なのかなと、一枚、撮影。我がアパートの窓は、西に向いているので、この時間、太陽を見ることはできないが、気にもしなかった。

そこから、再び、テレビで皆既日食を見ていると、外の景色は、だんだんと明るくなってきた。やはり、あれが日食だったのだ。
カミさんが深夜までかかって作ってくれた豪華な弁当を食べた後、他にすることもないので、のんびりと事務所に出てきた。
な、な、なんと。
メールを開けると、我が友、写真仲間、MAMA仲間の和良さんが、高鍋(宮崎から車で一時間ほど北にある町)で撮影した雲間から見えた立派な部分日食の写真が送られてきていた。幻想的で、宇宙の神秘が伝わってくる。いやーっ、参った。
ううう、私は、なんたる怠慢だったのだろう。
「雲の写真を撮って、お茶を濁している場合じゃないだろう。それもパンツ一枚で」
写真の神様にお叱りを受けた。
次に国内で皆既日食が見られるのは、26年後だそうだ。
その時には、パンツ一枚でテレビを見ているような怠慢なことはせず、カメラを持って走り回って、雪辱を期すと心に誓った。
その時、私は、88歳。
米寿の祝いもしなければならないし、忙しい年になりそうだ。

